グラッセです。今日は習志野の自宅の引越し作業を
してました。大物を運び出した感じです。

ベッドとか売ろうと思ってたのに買取はしてませんって・・・


さて、ボクがメンタルに通っていることは以前にもお話ししましたが
ちょっとそれに関連するかもしれないお話を。


その前に少しだけボクの今までの経緯を話しておきます。

2016年に新卒で入社した会社を三か月で退社。そして12月まで
ニート生活。で、12月に入った会社も半月も経たずに辞めることに。
それで、2017年の1月にアルバイトでとある工場で働きました。
だが、それも今月辞めて実家に戻る。とりあえずアルバイトを
始めるも正直言って続くかわからない。

ざっとこんな感じです。我ながら”普通”の人からしたらもう
クズどころじゃない人生おくってるねこれw

これでまだ未成年だからボク自身笑うしかないって感じ。


それで、なんでボクは物事の「継続」ができないのかなーって
ボクなりに考えてみたんです。


なんで継続ができないのか。
それは、

「無意識のうちに焦ってしまっているから」

なのではないかと。


最初の会社はもともと行くつもりもなかったようなところでした。
実際途中で辞めてほかの会社に行くつもりでしたし。
退職時期は想定よりかなり早まっただけの話です。

このころは本当にイヤイヤ仕事をしていたと思います。
そのくせして、将来が不安だった。ボクの実家は裕福じゃないから
お金に対する執着もそれなりに強かった。

毎月5万円(月給の半分弱)を貯金していたけれど、とにかく
はやく労働から解放されたい。資産を増やしたい。

きっとそんな風に焦っていたんだと今になって思います。
それが想定外の早さでの退職に結びついた。

二つ目の会社はもう単純に労働環境の問題なのでパス。


・・・と言いたいけれど、そんな会社を選んでしまったのも
ボクが焦っていたから。

ちょうどそのころは貯金もそこをついていて、携帯代すら払えるか
ってくらいだったから、普段以上にどうにかしなくちゃっていう
思いが強かった。つまりいつもよりもかなり焦っていた。

そんな状態で職探しをしても、甘い誘惑に惑わされるだけで
頭もあまり回らないから、実際に働いている人の声もまともに聞かず、
ただ明後日の方向に突っ走ってしまった。

それが二社目の退社を招いた。そもそも業界がボクに全く
向かないようなところだったのにそこを選んでしまったからね。


そして3社目。これはアルバイトだったけれど、今までの職歴では
一番長く続いた。7か月だからね、最初のところの倍w

どうにかして生計を立てなければいけなかったボクはアルバイトを
することにした。そしてとある工場で配送員として働くことになった。

ここまではよかった。仕事も楽しいと思えたし、人間関係にも恵まれた。
きっと地元に戻るまではここで働くんだろうと信じていた。あるときまでは・・・。

この仕事には繁忙期があって、それがだいたい4~6月くらいなんだけれども、
5月の終わりくらいから仕事に行くのがつらくなってきた。
そして6月。ついにベッドから動けなくなったボクは、休職してメンタルに
通いだした。

休職中はそれなりに自由に過ごせた。まあ最初のうちは家から出るどころか
ベッドから動くのさえ億劫で、一日中薄暗い部屋にいたりもしたけどw

しばらくたつと少し良くなってきて、友達と遊んだりし始めた。パチンコをやりだした
のもこのくらいから。

でもそんな生活も長くは続けられなかった。
ここは賃貸物件。実家と違って毎月家賃がかかる。
家賃を払わなければ住むところもなくなってしまう。
しかも不幸なことに、収入は増えたのに貯金ができなかった。
だから口座残高も2か月分の家賃を払えるほどはなかった。
(休職中は給料が発生しないからどうしても次月に払う分も
必要だった)

そんな状況に置かれたらどうしても焦ってしまう。

さっき調べたけれど、うつ病の療養期間は3か月から
半年くらいが多いらしい。ボクは抑うつ状態って言われただけで
うつ病の診断はされてないけど、きっとそれなりの期間休む
必要があったんだと思う。

それなのに、たぶん大丈夫だろうって判断で復職を申し出て、
最初の出勤でもう仕事したくなくなってしまった。

夜も寝られず、睡眠導入剤を用量を超えて飲んだあげく
夜の街に繰り出したりした。

頭の中では、事故にあえば仕事行かなくて済むし、
保険もおりるし相手側から賠償金も分捕れるなんて考えてた。

明らかに異常だった。結局事故には合わずに、帰ってきて寝てしまった
んだけれども。

この休養期間がもっと長かったらもしかしたら復職できたかもしれない。

でも、家賃やほかの支払いが頭をよぎって、親にもそろそろ戻ったらと
言われて焦っていたんだと思う。

だからこんな、いままでである意味では一番ひどい結果を招いてしまった。


ここまでの話で、ボクが仕事を継続できなくなった理由が焦りであるというのも
ある程度は納得してもらえると思います。

ではどうして、ここまで焦ってしまうのか。

これはまだ確定ではないけれども、

仕事したり学校に行ったりして、それなりに楽しんでいる同級生たちと
ボクを無意識下で潜在意識が比較してしまっている。

これが原因だと思っています。

ボクは比較しているつもりはないんだけれども、無意識のうちに比較して
それが焦りにつながる。

あの子はこんなに仕事続いていて、休みもそれなりに遊んでてていいなとか、
大学たのしそうだなあとか。
それに対してボクは仕事は続かないし、正直そこまで楽しめていないし
いったいどうしたらいいんだろう。

こんな風に比べてしまっているんだと思います。

だから、この無意識で比較するっていう潜在意識のクセをどうにかすれば、
焦ることもなくなって仕事もなんでも続くようになるはず。

とはいえ、ボク自身がいままで潜在意識をいじめていた(ある意味では自傷行為)
ところもあるので、そう簡単にはいかないのかなとも思っています。

あと、育ってきた環境もあるから難しいところもあると思います。

でもきっとそのクセをどうにかした先には、素晴らしい人生が
待っているようにボクは感じるのです。

だったら道は険しいかもしれないけど、進んでいこうと思います。

きっと大丈夫、そう信じて。

それでは!
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グラッセです。今日は隣町の花火大会に行ってきました。
というのも、中学の友達が帰ってきてたので久しぶりに
話したかったからです。

まあ花火も地元のよりは大きいから綺麗だし、なにより
今は遊んだほうがいいって考えになったのでw


さて、今回もタイトル通り。

何でこんなことを書こうかって思ったのかというと、

ボクはいまおそらく抑うつ状態が完治してないのですが、
そんな中でもシンクロニシティがすごいなーって気が付いたからです。

連絡をしようと思ってた人から連絡が来たり、そろそろかなーと
思ったタイミングで電話がかかってきたりと。

つまりはこれって、ジーニーちゃんが働いてくれているって
事じゃないですかね。

となると、引き寄せも起きやすい状態であると考えられるわけです。

そんな状態でネガティブなことを考えていたり発言したりするなんて
ある意味で思い通りにならなくていいって言っているようなものでは
ないのかと、そう思ったわけです。

で、記事にすることでボク自身にも、それを認識しやすくなるのかなあと。

実際、ボクの置かれている状況は決して幸せだと言い切れないし、
かといって不幸だってわけでもないです。

だったら楽しいことでも考えて、それを引き寄せたらより幸せ
感じやすくなると思います。

それに、今ある幸せを見つけやすくもなるはずですからね。

ということでボクは夢日記でも書いて幸せな眠りにでも
つくことにします。。

それでは!
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どうも、今日も相変わらずぐでってたグラッセですよーw

こんな調子で大丈夫なのか、明日からバイトなのに・・・w


そういえばですね、こっちに来て少し冷静になって考えられる
ようになって改めて思ったんですよ。

貧乏って悪だ

って

正直、貧乏って言葉を使いたくもないですね。
裕福でないと言うべきか。

お金があれば今回のことだって、実家に帰らず仕事を探すっていう
選択肢も作れたわけですよ。

お金のせいにしたくはないけれど、最低限のお金すら厳しいような
状況でそれを言うのはさすがにね。

貯金もまともにできなかったボクにも問題はあると思いますがね。

それで、ボクの実家なんですけど、ここもまたかなり裕福じゃないです。
断言しますこれは。現時点ではですけど。

何が言いたいかっていうと、今ボクの家は負のスパイラルに入ってるわけです。

だけど、家族は大して何もしようとしないし知ろうとしない。
だったらボクがこのスパイラルを断ち切って、いい方向にもっていく。

そう決断したんです。
だって同じような思いを子供にさせたくないから。
必要な苦労はあると思うけれど、無駄な苦労なんてする必要
ないですからね。

お金のことでは苦労させたくない。ボクが苦労して心から
そう思ってるんです。

だから、親の代で裕福じゃない家庭は終了。
ボクの代からはものすごくとは言わないけれど、
それなりに裕福な家庭にしていく。

だからそのために必要な勉強はするし、実践もする。
ただ、向き不向きってのがあるからそこだけは見極めるけど。

今から始めれば間に合うから。


今回はこのくらいかな。

それでは!

すこしご無沙汰してましたがボクは元気です。

仕事できなくなったって泣きながら親に電話してから
もう一週間半くらい。

結局ボクは実家に戻ることにしました。
もうアルバイト先も決まってて、もうすぐ勤務開始です。

今は荷物を運び出したりいろいろしてます。

とはいいつつも、だいたいは家でゴロゴロしてたり
してるんだけれどもw

しかし、毎回思うんだけれど、どうしてボクって仕事が
続かないのかなあと。

一回だけならまだしも、これで4社目。しかもまだ
20歳にもなっていない。

正直言って続く人がうらやましいとも思うし、
続かないボク自身そのことが悔しいとも思ってる。

だけれどもうまくいかない。最初はいいんだけど、どこかで
失速して一気に墜落。

空中給油機があるのに給油すらできないで
落っこちる戦闘機じゃあるまいしとボク自身思ってる。

ここまでくるともう仕事したくないってことなのかなーとか
思うくらいw

典型的な、俗に言う社会不適合者って奴だと思う。

昔はこんなんじゃなかったんだけどなあとは思うけれど、
それは過去の話。今は違う。

でも、ボクも何も考えていないわけじゃない。

今度はどうにかして一年くらい持たせるつもりです。

幸いにも車という趣味の一つにまた手を出せるから、
どうにかやっていけると思ってる。

前のところは趣味という趣味も満喫できていなかったから。
唯一できたとしてカラオケに行くぐらいのもので、
ドライブも(仕事で運転してたけどそれとは別)楽器も
釣りも旅行も大してできていなかった。

ピアノだけは音出さなくてもできたから何とかなったけどね。

こっちだと趣味に手を出せるから、仕事のことを考えないで
思い切り楽しめるかなあ。

そうすればきっともっと長持ちするんじゃないかと。

もしかしたらこの考えが外れてるかもしれないけど、
そうなったらもうそうなったで考えるしかないですし。

ま、とにかくなんとかやっていきます。
うまいこと行く方法を試しながらね。

それでは!
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先日、そろそろお仕事復帰しますって書いたと思いますが、



やっぱり無理です

朝は普通に起きて通勤しました。
久しぶりのことだったので初めて今のバイト先に
きたときのことを思い出したりなんかしてました。

工場に入った時の溶剤のにおい、あの蒸し暑さ、
道中の歩道橋のコンクリ板が落ちそうなこと。

すべてが懐かしいとすら思えました。

ああ、私は帰ってきたんだ。ようやくこの場に。
そのことに喜びすら感じていたかもしれません。

そして私は、病み上がりだという理由で
週四の9時からの勤務にしてもらいました。

しかし、

どうしたことか家に帰ると、突然何もしたくないという
感情に支配されてしまったのです。

靴を脱いだ私は倒れこむようにベッドへ。

でも寝るわけではありません。

その時の頭の中はもう、「仕事したくない」
これしかありませんでした。

別に人間関係が悪いわけではありません。むしろアドバイスして
もらえるほどなのでどちらかといえば良好だったと思います。

仕事の内容も、ひと月ぶりの割にはよく動けていたし、
ミスも全然なかったはずです。

それなのになぜ。
わからない。どうしてなんだろう。
やっぱり私には雇われて働くなんてことはできないんだ。

そんな考えばかりが堂々巡りしていました。

気が付けば午後九時前。
そのころになると自然と涙が出てくるように。

そういえばこれだけ鳴いたのは何年振りだろうか。
よくよく考えたら、それだけの年数自分自身の感情を
押し込めて生きてきたんだろう。

そう考えては毛布に顔をうずめて泣いていました。

そのころには将来の不安も出てきてたかもしれません。
来月の家賃が払えない。ほかの支払いもある。
このままだとどうしようもない。生活保護もきっと私の家庭
事情だと受け取れないし、もうどうしたらいいんだろう。

そんななか、ふと母に電話してみることに。
でもなかなかその勇気が出ませんでした。

無理を言って都会に出させてもらったのにこうやって
助けを乞うのか。正直これ以上は迷惑をかけたくないという
プライドというか、そういうものがあったようです。

電話帳の母の名前を見るたびに涙があふれて止まらない。
そんな状況でした。

勇気を出して電話したら、もう号泣w
私ですらびっくりするほどでした。

何か言われるんじゃないかと内心心配していたのですが、
そんなことはなく優しくしてくれたどころか、迎えにまで来てくれました。

そんなこんなで、今は実家からこの記事を書いているのです。


ほんと我ながらクズだなーっておもいますねw

でもきっとそれが私なんです。
もういっそ開き直っちゃったほうが身のためかななんてね。


それで、今のバイトなんですけど。
それはやめて、実家に戻ってアルバイトしながら体制をしっかりと
立て直したいと思います。

向こうで無理してたらきっとほかの仕事をするどころか
廃人にすらなっていた可能性もありますからね。

それを考えたら懸命な判断だと私は思っています。

まあ意気込んで都会に行ったくせに尻尾を巻いて逃げてきたっていう
情けない結果に終わってしまったわけですけど、私はそれでいいと
思っています。

むしろ田舎のほうが体質的にあっているみたいですから。


都会の便利さも魅力的ですけどやっぱり、あの殺伐とした時の
流れ方が合わないのかな。

田舎のすこしゆったりとした時の流れがあっているというか私は好きですね。


まあそんなこんなで、これからはまたこっちでやっていきます。

ブログのほうも続けていきますし、これからはYouTubeのほうも
やっていきたいんだよなーw

活動の幅を広げつつ何かしらやっていくと思いますので
どうぞ暖かく見守ってやってください。

それでは!田舎からの第一便でした。 続きを読む